2026-06-29
ノウハウ
フィリピンの就労ビザ・在留資格と人件費|2026年最新動向と進出企業向け実務ガイド

フィリピンで現地スタッフの採用を検討する際、人件費の相場感や採用にかかる期間は、進出計画の初期段階で必ず論点になる。
求人サイトに掲載されている給与情報と、実際に現地企業が支払っている水準には数千ペソ単位の差があることが多く、表面的な統計だけで予算を組むと、採用直前で見込み違いが発覚するケースが少なくない。
本稿では、2026年時点の労働市場データをもとに、フィリピンにおける人件費と採用の最新像を整理する。
フィリピンの労働市場は今、量から質への転換期にある
フィリピンの実質GDP成長率は2025年通年で4.4%となり、政府目標の5.5〜6.5%を下回った。インフラ建設をめぐる汚職スキャンダルや台風被害が重なった2026年第1四半期には2.8%まで鈍化し、IMFは2026年通年でも4.1%程度にとどまると見ている。
こうした減速は雇用統計にも反映されている。フィリピン労働雇用省(DOLE)が公表した2026年1月の労働力調査では、就業者数が前年同月の4,849万人から4,794万人へ減少し、失業率は5.8%まで上昇した。
これはホリデーシーズン後の季節雇用終了と農閑期が重なった一時的な要因によるもので、4月時点では失業率4.7%、就業者数4,889万人まで持ち直している。
採用側として注視すべきは、不完全雇用率が1月時点で13.2%に達した点と、15〜24歳のNEET比率が前年の10.6%から12.2%へ上昇した点である。中央値約25歳という若い人口構成はフィリピン市場最大の強みだが、ソフトスキルやコミュニケーション能力の不足を理由に、安定した正規雇用に届かない若年層が一定数存在することを意味する。
給与所得者の数自体は2025年1月の3,055万人から2026年1月には3,296万人に増えており、雇用のフォーマル化は進んでいるが、就業者全体のうちフォーマルセクターで社会保障の保護を完全に受けられている層は、なお全体の3分の1程度にとどまる。
採用計画を立てる際は、こうした「量は確保できても質の確保には時間がかかる」という市場構造を前提に置く必要がある。
採用のやり方が変わった|AI履歴書時代の選考と求人媒体
2026年のフィリピン採用市場で最も大きな変化は、選考の重心が「書類」から「実技と行動特性の検証」へ移ったことである。
求職者側が生成AIを使って履歴書や応募書類を高度に磨き上げるようになったため、書類だけでは実務遂行能力を見極めることが難しくなり、企業側はAI作成履歴書の判定や、対面・オンラインを組み合わせた行動特性アセスメント、実務タスクによるノックアウト選考を取り入れるようになっている。
企業側もiSmartRecruitやFreshTeamといったAI採用支援ソフトウェアを使い、自動ソーシングや一次面接の自動化でスピードを上げている。

求人媒体もセグメントごとに使い分けられている。JobStreetは最大のデータベースを持つ定番媒体、Kalibrrはスキルマッチングに強くテック系企業に好まれ、Bossjobはチャット型のやり取りで若年層の獲得に向いている。
リモートワーカーやバーチャルアシスタントの直接採用には最大手で、新卒・インターン採用にはProspleが大学就職支援組織と連携している。
あわせて、2025年6月に本格稼働したフィリピン・デジタルノマドビザ(DNV)により、海外企業に雇用されたままフィリピンに長期滞在する外国籍専門職も増えており、現地に拠点を持たない採用形態に伴う法的コンプライアンスの課題も浮上している。
フィリピンの人件費はいくらか|公式統計と採用市場の実勢のギャップ
フィリピン統計局(PSA)による全産業の公式平均月給は21,544ペソで、2026年の昇給予算の中央値5.5%を反映すると22,700ペソ程度になる。
しかしこれはあくまで全産業の平均値であり、優秀な技術者や専門職を採用するための市場競争力のある給与は、実際には月額25,000〜60,000ペソ以上に設定されるのが一般的である。

職種別に見ると、コールセンターエージェントや一般事務職がエントリー層で2万ペソ前後にとどまるのに対し、サイバーセキュリティ専門職はエントリー層からすでに7万ペソを超え、シニア層では17.5万ペソを超える水準も珍しくない。
地域別の最低賃金にも同様に大きな差がある。フィリピンには全国一律の最低賃金制度がなく、17の地域賃金生産性委員会(RTWPB)がそれぞれの地域の生活コストに応じて日額を査定している。

地方拠点での採用を検討する場合、最低賃金の低さだけを見て予算を組むと、実際の市場相場との乖離に後で気づくことになりやすい。この「公式統計と市場実勢のギャップ」は、家事労働者(カサンバハイ)の採用でも顕著に表れている。
マニラ首都圏の法定最低基本給は月額7,000〜7,800ペソだが、身元保証や医療検査を通過した適格な人材が実際に求める「生存フロア」は10,000〜12,000ペソであり、通い型であれば交通費や生活費を自己負担する分、期待給与はさらに上がって20,000〜21,000ペソ以上に達する。
法定最低賃金に固執して募集をかけると早期離職のリスクが統計的に高まることが、現地の人材紹介データからも指摘されている。一般の正社員採用についても同様に、求人票の数字だけでなく現地の「実勢相場」を把握しておくことが、採用の成否を左右する。
採用コストの見えない部分|雇用主が負担する社会保険料
人件費を計算する際、基本給だけを見て予算を組むと、実際の総コストを大きく見誤る。フィリピンでフォーマルに従業員を雇用する企業は、給与に加えて法定の社会保険料を負担しなければならない。

社会保障制度(SSS)の合計保険料率は15.0%で、このうち雇用主負担分が10%を占める。医療保険(PhilHealth)は合計5.0%を雇用主と従業員が2.5%ずつ折半し、住宅ファンド(Pag-IBIG)は雇用主・従業員それぞれ最大2%、合計4%が課される。
これらを足し合わせると、雇用主が基本給に対して追加で負担する法定コストは、おおむね14〜15%程度に積み上がる。
さらに解雇規制の厳格さや地域最低賃金の引き上げ圧力も加わるため、企業がコンプライアンスを維持したまま正規雇用を増やすにはそれなりの体力が必要になる。これが、フィリピンの就業者の3分の2がインフォーマルセクターや非公式雇用にとどまっている一因でもある。
逆に言えば、PEZAやBOIの登録輸出企業(RBE)であれば、追加控除制度(EDR)の適用で法人所得税の実質負担を25%から20%程度まで下げられるなど、進出企業側が活用できる優遇策も用意されている。人件費の負担増を税制優遇でどこまで相殺できるかは、進出形態を検討する段階で確認しておきたい論点である。
見落とされがちな残業・休日手当という人件費
社会保険料に加えて、もう一つ予算組みで漏れがちなのが残業・休日勤務に関わる手当である。フィリピンの法定労働時間は1日8時間・週48時間で、これを超える時間外労働には通常の時給から25%増しの賃金が発生する。
午後10時から午前6時までの深夜業にはさらに10%増し、法定休日(週休日)の勤務には30%増しが加わり、これらは重複して適用される。
レギュラー祝日は出勤しなくても基本給の100%を支払う義務があり、出勤した場合は通常の200%を支払わなければならない。特別ノンワーキングデーは原則ノーワーク・ノーペイだが、出勤すれば130%、週休日と重なれば150%まで跳ね上がる。

コールセンターやBPOのようにシフト制で深夜・休日勤務が常態化する業種では、基本給だけを基準に人員計画を立てると、実際の人件費が想定より2〜3割膨らむことも珍しくない。
あわせて、勤続1年以上の従業員には年5日のサービス・インセンティブ・リーブ、女性従業員には105日間の有給産前産後休暇(単身親は120日間)、配偶者出産時には7日間の有給休暇が法律で義務付けられている点も、長期の人員計画には組み込んでおく必要がある。
採用後に注意すべき解雇規制とコンプライアンスリスク
フィリピンの労働法は労働者保護の色合いが非常に強く、雇用主による一方的な解雇は一切認められていない。解雇には「正当事由」と「認可事由」の二種類があり、それぞれ手続きが異なる。

著しい怠慢や重大な不服従といった本人の行為に起因する正当事由による解雇では、上図の二重通知ルールを踏まなければならない。
一方、余剰人員や業務縮小といった会社側の事情による認可事由の解雇では、解雇の30日前までに本人とDOLE地方事務所への通知が必要で、余剰人員の場合は勤続1年あたり1ヶ月分、業務縮小の場合は半ヶ月分の給与を基準とした退職手当の支払いが義務付けられる。
試用期間は最大6ヶ月までだが、正規雇用への移行基準を書面で明示し本人の同意を得ていない場合、試用期間であっても法律上は自動的に正規雇用とみなされる点も、採用時に見落とされやすい。
外国人駐在員の就労ビザ・在留資格|AEPから9(g)ビザ、ACR I-Cardまでの全体像
日本人駐在員や技術者を中長期で配置する場合、2025年2月施行の省令第248-2025号に基づく新しい手続きへの対応が必要になる。

外国人を雇用する前に、全国紙、政府の求職サイト「PhilJobNet」、現地のPESO/JPOという3つの媒体に同時に求人を掲載し、フィリピン人で代替可能な人材がいないことを示す労働市場テストを満たさなければならない。
掲載は最大45日間有効で、AEPの申請は掲載開始から15日後以降、かつ雇用契約締結から15日以内に行う必要がある。この手続きは新規申請だけでなくAEPの更新申請にも一律で課されるようになり、管理の負担は以前より増えている。
加えて、外国人雇用の経済的な必然性を個別に検証する経済ニーズテストや、税制優遇を受ける企業に課される技術移転プログラム(SDP/UTP)の提出義務もあり、駐在員配置を伴う進出計画では採用スケジュールに十分な余裕を持たせておくことが欠かせない。
ただし、AEPはあくまで「就労許可」であり、それ単体では駐在員はフィリピンに滞在できない。実務上は、AEPの取得を起点に「就労ビザ」と「在留資格」という二つの手続きが続けて発生する。
就労ビザにあたるのが、フィリピン入国管理局(BI)が発行する9(g)プリアレンジド・エンプロイメントビザで、AEPの発行後15日以内に申請するのが原則とされている。9(g)ビザは雇用主と紐づいた非移民ビザであり、雇用契約の期間に応じて1年から3年単位で発行され、その間は複数回の出入国が認められる。
AEP取得からビザの発給まで、書類審査・面談・指紋採取などの工程を経るため、実務上は3〜5ヶ月程度を要するのが一般的である。
すぐに業務を開始させたい場合は、AEPおよび9(g)申請後に発行される暫定就労許可(Provisional Work Permit, PWP)を取得することで、本ビザの発給を待たずに合法的に就労を開始できる。 在留資格にあたるのが、9(g)ビザの発給と同時にBIから交付されるACR I-Card(外国人登録証)である。
これは滞在59日を超えるすべての長期滞在外国人に義務付けられている身分証で、駐在員本人の在留資格そのものを証明する。ACR I-Cardは雇用主・職位に紐づいているため、転職や大幅な異動があった場合は一度9(a)観光ビザへの「ダウングレード」を行い、新しい雇用主のもとで9(g)とACR I-Cardを再申請する必要がある。
退職時にACR I-Cardを返納しなかったり、在留資格の切り替えを怠ったまま就労を続けたりすると、不法就労としてブラックリスト登録や強制送還の対象になり得るため、人事異動や契約終了のタイミングでの手続き漏れには特に注意が必要である。
さらに、ACR I-Cardを保有するすべての外国人は、1950年の外国人登録法に基づき、毎年1月1日から3月1日までの間にBIへの年次報告(Annual Report)を行う義務があり、これを怠ると罰金の対象となる。
駐在員を配置する企業は、AEP・9(g)ビザ・ACR I-Cardという三段階の手続きと、その後の年次報告までを一連の管理タスクとして把握しておく必要がある。
フィリピンでの採用・人件費設計を成功させるための視点
ここまで見てきたように、フィリピンの人件費と採用市場は、公式統計だけでは測れない「現場の相場」と、年々厳格化する労働法・行政手続きという二つの変数で動いている。
給与水準は職種・地域・経験年数によって大きく変動し、社会保険料や解雇規制を含めた総コストを事前に把握しておかなければ、採用後に想定外の負担が発生しかねない。
一方で、PEZA・BOIの優遇税制や、地域による最低賃金の差を活かした拠点選定など、コストを適正化する手段も存在する。フィリピン市場の労働事情は変化のスピードが速く、最新の制度動向を継続的に追いながら採用計画を組み立てることが、進出を成功させる近道になる。
フィリピン進出についてはAXIA Promotion & Trading Philippines Corporationへご相談ください
人件費の見積もりから採用チャネルの選定、労務コンプライアンス対応、外国人雇用許可(AEP)の取得まで、フィリピン進出に伴う人材採用の実務は専門知識を要する領域が多く、現地の最新動向を踏まえた個別の判断が欠かせません。
AXIA Promotion & Trading Philippines Corporationでは、日本企業のフィリピン市場進出を、人材採用を含めたトータルでサポートしています。採用計画や人件費設計についてお悩みの方は、ぜひAXIA Philippinesにお問い合わせください。
🔗 あわせて読みたい注目記事
【2026年最新】フィリピン進出ガイド | メリット・会社設立の手順・優遇税制・労務リスクを現地目線で徹底解説

出展
フィリピン労働雇用省(DOLE)2026年1月労働力調査に関する声明 https://dole.gov.ph/news/statement-of-the-department-of-labor-and-employment-on-the-january-2026-labor-force-survey/
Staffing Industry Analysts「Philippines jobless rate edges up to 4.7% in April」 https://www.staffingindustry.com/news/global-daily-news/philippines-jobless-rate-edges-up-to-47-in-april
OECD Economic Surveys: Philippines 2026 https://www.oecd.org/en/publications/oecd-economic-surveys-philippines-2026_f0e0c581-en/full-report/strengthening-formal-employment-and-social-protection_9c646caa.html
Michael Page Philippines Talent Trends 2026 https://www.michaelpage.com.ph/recruitment-expertise/talent-trends
フィリピン国家賃金生産性委員会(NWPC)賃金改定データベース https://nwpc.dole.gov.ph/
Sprout Solutions 2026年フィリピン給与トレンド・SSS算出ガイド https://sprout.ph/articles/philippine-salary-guide-2026-hr-benchmark-report/
MaidProvider.ph「2026 Kasambahay Salary Guide」 https://www.maidprovider.ph/humanplus/kasambahay-salary-guide-2026
Forvis Mazars「SSS contribution rates increased to 15%」 https://www.forvismazars.com/ph/en/insights/hr-payroll-alerts/sss-contribution-rates-increased-to-15
フィリピン医療保険公社(PhilHealth)保険料率に関する公示 https://www.philhealth.gov.ph/advisories/2025/PA2025-0002.pdf
MyLegalWhiz「The Employer's Philippine Labor Law Compliance Guide for 2026」 https://www.mylegalwhiz.com/blogs/philippine-labor-law
One Asia Lawyers「フィリピン:外国人雇用に関する新規則」 https://oneasia.legal/14567
Alburo Law「Key Amendments to the 2025 NLRC Rules of Procedure」 https://alburolaw.com/

執筆者
金田 大樹
鉄鋼専門商社や株式会社ネオキャリアのフィリピン現地法人での勤務を経て、リサーチ事業にて起業。中堅~大手の調査会社やコンサルティング会社のリサーチのプロジェクト管理を行った。その後、AXIA Marketing(アクシアマーケティング)株式会社を設立し、代表取締役に就任。フィリピン市場の成長を受けて、「AXIA Promotion & Trading Philippines Corporation」を立ち上げ。上場企業をはじめ、多くの企業の成長を「価値ある情報提供力」でサポートしている。
Latest
Column
Latest Column
新着記事
2026-08-28
東南アジアの経済成長が生む「巨大消費市場」──人口ボーナスとGDP成長率で読み解く進出戦略
「東南アジアは、安い人件費を求めて工場を建てる場所」——もし今もそうお考えであれば、東南アジアの経済...
ノウハウ
2026-08-27
訪日外国人集客を成功させる勝利の方程式|「旅前SNS認知」と「旅ナカ施策」をつなぐ再現性の高いインバウンド戦略
訪日外国人集客というテーマで悩む事業者の多くが直面しているのは、「SNSを頑張っているのに来店・購入...
ノウハウ
2026-08-25
東南アジアでのビジネス成功のカギは「現地化力」──11カ国の産業構造とフィリピン発ローカライズ戦略
東南アジアと聞くと、いまだに「人件費の安い生産拠点」というイメージを持つ方も少なくないかもしれません...
ノウハウ



